ネコと紫の日記帳

ひたすら己の趣味の備忘録。読んで下さる方ありがとうございます。

(暗いです。整理しないで書いてます。特に役にも立ちません)

 

何が書きたいのか自分でもあんまりわかってないんですけど。

どこまで書いていいかも悩むし。

12月・1月と身内の不幸が続いてしまいまして。母方の祖母と、父方の義理の伯父で。

祖母は昨年の夏に倒れてから意識不明でそのまま。伯父は意識はあるけど全身不随で20年寝たきりでした。

祖母の時は、長居にユース決勝を見に行ってて、倒れてからそれまでもちょっと危ないと言われてたことはあったんですけど持ち直してたんですよ。でもその時は試合の途中で「本当に危ない」という連絡が来て、とりあえずその時はまだ動きようがないので、寒さで冷えた体を温めるためにファミレスに寄ってて。で、何となく長くいたんですよね。そしたら連絡が来て。「ああ、私やっぱり何かそんな気がしてて待ってたんだな」みたいな。

何回かお見舞いには行っていて、亡くなる少し前にも行くことはできました。

でも辛かった。それは何がって、何かこう、もう九分九厘意識が戻らないことは確定してるんだけど子供(私の母やその姉)達がみんなお見舞いに来ていて見守っている、それを見るのが辛いというか。そして下手したらこれが何年も続くのかな、という(結局は半年弱でしたが)。上手く書けないんですけど。

倒れた直後は意識戻らないかなあと思ってたんですけどね。

伯父は三重に住んでるので、2年に一度くらいは顔を見に行ってましたが、そんな状態だったので本当に顔を見るだけで。一応、元気だった頃も会ってるし何となく覚えてはいるけど、もうほぼほぼ記憶の中の伯父は動けなくなってからなんですよね。

実は年末から結構危なかったそうで、本当は祖母と同じくらいの時期に亡くなってもおかしくなかったと。

昨夜お通夜が終わってから、ずっと自宅で伯父の介護をしていた伯母とそれこそ十何年ぶりにゆっくり話す機会を作ることができて。伯父が「目立ちたがり屋でおしゃべりで寂しがり屋」だったと聞いて驚いたり。

伯母夫婦にはお子さんがいなかったので本当に夫婦2人で。

伯母はすごくチャーミングな人だったのに、この20年でみるみる老けていってしまったのが本当に切なかったんだけど。

でも、伯父が最初の病気で半身不随になった時に「俺は世界一不幸だ」って何回も言ってたそうなんだけど、それから「行ける内に行きたい」ということで2人でいろんな国に行って、そしてその後全身不随になってしまったけど、最後の方は「幸せだ」って目が言ってたような気がする。と伯母が話していて。テレビを見ていても、「ここも行ったね、ここも行ったよね、だから全然羨ましくない」って。

「半身不随になったから色々旅行にも行けた。何を幸せと思うかどうかはその人次第だよね」(ややうろ覚え)という伯母の言葉が何か心に焼き付きました。

変な話だけど2か月連続で葬儀に参加すると色々な違いに触れるもので、宗派とか会館によって全然やり方が違うんだなあとか。

祖母の時はすごく丁寧にしてもらってて本当に棺に納める前段階から見守らせてもらえたし、スタッフさんの段取りや説明も心遣いが行き届いてて。死に携わるお仕事の人って本当にすごいなとただただ尊敬でした。

伯父の時は割とアバウトだったんだけどでも地元の人だったのでお坊さんも昔からの知り合いでお通夜の時は伯父さんと同世代、御葬式はその次男さんがいらして下さって。それはそれですごく温かったというか。

その次男さんの話してくれた

「お通夜・葬式と儀式がばたばたと終わった後は疲れが体に出やすくなる。それは誰のせいでもない。『特に親しい人』を亡くすと未練が負い目になりやすくて、こういう時に何かよくないことが起きると『もしかして私があまり顔を出せなかったから亡くなった人が怒ってるのかなあ』と思ってしまうけど、それは結果と原因の順番を逆に考えている、つまり亡くなった方をそう考えているのは生きている人間なのです。だから亡くなった方を悪い霊にしないで下さい」

という内容がとても印象的で。私が文字で書くとなんかいまいちだけど。

「未練が負い目になる」という言葉にものすごく心当たりがあったんですよね。それはぶっちゃけ身内に対してではないんですけど。

ここから唐突に私の話で申し訳ないですけど、昨年の秋くらいからアニメもドラマもあんまり楽しめなくなってて。秋アニメ、一応観る気はあるのでまるまるHDDに残ってる作品がいくつかあります。最近徐々に観ようとはしてる。

あとTRPGも正直辛いなと思った。TVゲームは楽しめるんですけど。たぶんTVゲームは自分で進めるし自分1人がやった結果だから自分で責任を取れるけど、TRPGは絶対他人と関わるゲームだから、他人(というか他キャラ)の気持ちを受け止められない気がしたんですよね。そういう余裕がない。ボドゲ・カドゲなら楽しめるけど。

だから今年は舞台も昨年ほどは行きたくならないだろうなと思ってるし。結果論だけど、昨年あれだけ行っておいてよかったというか。『クロノス』2回行くか今も迷ってるけど、たぶん重い物語だからしんどいんじゃないかなあと。結局TRPGと同じで「受け止められない」気がする。

そういった中で一番楽しめたのが実は音楽の気がしてて。救いを求めるとかそういうことではなく。

母をあと何回ゴスペラーズのライヴに連れていけるか、というのは毎回考えてるんですけど。とは言え、今のところはまだまだ大丈夫だと思います。あと私もライヴ始まったら全て忘れて全力で楽しんでますし。

祖母と伯父のどっちの時もそんなに泣かなかったんだけど、「悲しい」と「死を悼む」は私の中では別というだけで死を悼んでないわけではないのです。って誰に言い訳してるんだろう。

今回はどっちも心の準備があったというのもあるんですけど。だから「亡くなったことそのものが悲しい」ではなくて、「残された人が悲しんでるのを見るのが悲しい」というか。

あまりに急だとただただ泣くしかなかったのでね、本当に。

ただまあ、伯父の葬儀はちょっと無理して行ったんだけど、行けてよかったなと。

というのは、連絡を受けたのが火曜の夕方だったんですけど、職場で元々風邪が流行ってて、私も火曜の朝に電車乗った時点で「何か体調がおかしい?」と感じてたんですね。職場に着いたら更にしんどくなる一方で、「でも明日は元々休みだから寝込んでればいいや今日はいよう」と思いながらマスクして1日乗り切って、そしたら連絡が来ちゃって。

で、悩みながらとりあえず今から薬飲んで寝込んで翌朝の体調で考えようとしたわけですが、結構な悪寒と熱で。夜中にしんどさで目が覚めてトイレ行ったら貧血起こしてぶっ倒れるし。(たまたま腕がドアハンドルに当たったらしく開いて外に出られて逆に助かった。その時にぶつけたらしく、翌日ふと気づいたら右手人差し指が内出血で1.5倍に腫れてたり)

そんな翌朝は何とか熱は下がり、もう少しおとなしくしてたら動けそうだったので必死で準備して出かけたわけです。(その後は回復する一方でした)

やっぱり行かなかったら後悔するだろうなというのがわかってたんですよ。

昨年から溜まり溜まった何かを放出しましたすみません。